高知で同窓会(1) 〜高知城を歩く〜

小さな旅
10 /31 2018
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《写真日記》
大学の同窓会がありました(^^)
三年に一度、どこかの土地に集まります。
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今回の幹事は高知組。
はがきには、手書きで「待ってます。」の言葉が添えられていました。

熊本から、福岡から、福井から、栃木から、東京から、岐阜から、大阪から、兵庫から、岡山から、愛媛から、徳島から、香川から、
37名が集まりました。
(埼玉の友は帰りの飛行機のキップが取れず断念したそうでした)
2学科だけの学部です。80人が入学して、留年生が大勢いたので、90人が一緒に卒業しました(^^)

野球部の5人が今回は全員出席、久しぶりの全員集合にマネージャーだった私は、元気で会えたことに大感激でした♪
キャプテンのYさん(今治西出身)は親の介護でずっと欠席していました。
4番バッターのM君(香川)、ムードメーカーのTさん(愛媛)、守備の要のYさん(徳島)、ピッチャーのIさん(高知)、
見た目は変わっても笑顔は変わっていません(^^)/

懇親会がすすむと、いつしか22歳の頃に、みんな戻っていました。


翌日は、歩いて高知城へ
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高知城は、土佐24万石を襲封した山内一豊によって創建されて以来、約400年余りの歴史を有する南海の名城です。
別名は鷹城(たかじょう)。


↓追手門(高知城の表門。石垣の上に渡櫓を載せた櫓門。)
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ガイドさんが説明してくれました♪

↓板垣退助の銅像、
 石垣は「野面積み」で地震などに強い!(深く積まれていて、地震で揺れて崩壊を逃れるから、今で言う免振みたいです。)
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↓高知城公園は無料ですが、天守は有料です。
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江戸時代に建造された天守や本丸御殿(なお、天守と本丸御殿が両方現存しているのは高知城のみである。)、追手門等が現存し(天守と追手門が両方現存している城は全国で弘前城・丸亀城・高知城の3ヶ所)、城跡は国の史跡に指定されています。

お城というと石垣があって天守があるもの、と思ってしまいますが、それは織田信長による安土城築城以降の近世城郭のことです。
もともとお城というのは、敵の攻撃を防ぐために築いた防御施設で、古代の城(き)や城柵はじめ、中世の領主の居館や山城、戦国末期からの近世城郭、さらに江戸時代末期に築かれた砲台までを含み、そのような広義のお城は全国各地に2万5000ほどもあったとされています。
それらの中で、石垣があって天守があるお城らしい近世城郭の大半は、戦国末期から安土桃山時代をへて江戸時代初期にいたる半世紀ほどの間に築かれたもので、大小あわせて3000ほどが造られました。  
しかし、江戸幕府による一国一城令により170城ほどに激減、明治時代になると、廃城令が発令され、陸軍省が軍用地として残す存城処分か、大蔵省が財産として処分する廃城処分かのいずれかの処分が下され激減しました。存城処分になったお城の大半が軍用地となったことから、攻撃の標的になり、多くのお城は戦争で壊滅しました。
明治初期に天守が残されていたのは21城、そのうち熊本城は西南戦争で天守を失い、名古屋城、岡山城、和歌山城など7城は戦争で天守を失い、松前城は失火で天守を失い、天守が残されたのは12城になってしまいました。(引用:日本のお城)


現存天守12城は、
弘前城(青森県)
松本城(長野県)
丸岡城(福井県)
犬山城(愛知県)
彦根城(滋賀県)
姫路城(兵庫県)
松江城(島根県)
備中松山城(岡山県)
丸亀城(香川県)
伊予松山城(愛媛県)
宇和島城(愛媛県)
高知城(高知県)



↓欄間には水鳥が彫られています。
 城にとって火災が一番怖いので、水鳥なのです。屋根の鯱(しゃちほこ)も水に守られてという意味があるそうです。
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↓天守から
 360度見渡せます。下を向くと足がすくむくらいです。ここでのレンズ交換は厳禁です(^^;
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なぜ日の丸かというと、
27日の高知には、天皇、皇后両陛下が「三大行幸啓」と呼ばれる行事 「第38回全国豊かな海づ くり大会」の式典への、最後のご臨席のため来県・宿泊されていたそうです。

平成も遠くなります、、、


高知城について、もっと知りたい方は→コチラへどうぞ

つづく



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