激戦の城〜十河城跡〜

スケッチ
09 /22 2019
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撮影日時 2019/09/20 9:34:32



十河家の家系は神櫛王(かんぐしおう)から出ている。


9月2回目のスケッチは「十河城跡」
その城のことは、今回初めて知りました。

8月の作品展を見に行った折りに誘ってくださった長尾絵画クラブは、講師の先生はおらずスケッチに行って、自由に描くクラブでした。
ジャンルも油絵、水彩画、ペン画それぞれ、、、
その中に皆さんが「先生」とよぶM先生がおられます。

今回の参加が2回目で、十河城跡は初めての私に、
そのM先生が「描く前にまずこの城の歴史を知った方が良いからね」と、ひろいお城のまわりを、つまりはお城の本丸であった弥念寺の周りを歩き、説明してくださいました。

↓お寺の右側、四方の眺望にすぐれ、城として恵まれた立地です!
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〜十河城跡〜
十川東町の「城」といわれる地名の台地上にあり称念寺を中心とする一帯である。四方の眺望にすぐれ、城として恵まれた立地にある。同寺の境内に、本丸があったと考えられている。
 本丸跡には、将兵の菩提を弔うため称念寺が建立された。北側の空堀は、歴然と名残をとどめ、西側の鷺(さぎ)の池、東側の急傾斜など天然の地形を利用した中世の典型的な城跡として貴重な史跡である。

 南北朝時代、山田郡の豪族植田景保(かげやす)の第4子吉保(よしやす)が十河城に分家し、城主となる。以来、存景(まさかげ)・存春(まさはる)(景滋(かげはる))と続き、足利幕府細川管領家の執事(しつじ)職をつとめた阿波の三好家から一存(かずまさ)、存保(まさやす)と二代にわたって当主を迎え、国内の名族をおさえて讃岐の旗頭となり2万石を領した豪族である。十河城は土佐の長宗我部元親の讃岐侵攻に際し、激戦の城となったことで有名である。引用:高松市HP



将兵の菩提を弔うため建立された称念寺には、秋の花が咲いていました。
↓萩
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↓本堂前の紫苑(しおん)
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紫苑の花言葉は「追憶」「思い出」「君を忘れない」「遠方にある人を思う」
記事を書くため「十河城」について調べると色んな事がつながりワクワク♪
神櫛王のお墓が、近くの高松市牟礼町にありました!!
城跡から東の景色をみながら教えていただいたのは、雨滝城、虎丸城、喜岡城、、、

十河家の末裔が経営する喫茶店もありました!!「十河の郷」

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で、しっかり歴史を学んだあとのスケッチは、急に雨が降り出したためすぐに撤退し、未完です(^^;
写真は沢山撮って帰ったので、記憶があるうちに仕上げたいと思います。
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歴史について語ってくださったM先生(もうすぐ喜寿)とクラブの会長さんが、階段にすわり楽しそうに話し出したので描き足すことにしました(^^)/


門前の木は「百日紅(サルスベリ)」です。行った日はすこしだけ咲いていました。
これから沢山咲いて門前が華やかになりそうです
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十河城跡(称念寺)
住所:香川県高松市十川東町932 
駐車場あります。トイレはすごく綺麗です。



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