肖像画 ~高松空襲によせて~

日本画
07 /05 2017
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「time goes by」


昨日は、高松空襲のあった日でした。
72年前、37歳の祖母と17歳の母は焼夷弾が降ってくる中を逃げたそうです。
家が焼かれ、人が死んでいるのを見ながら逃げたそうです。

仏間の母の写真が陽にあたり劣化し、画像が消えていっています。
ふと、母の肖像画を描こうと思いました。
タイトルは「16歳」

そう、空襲で父親も家も失う前の16歳です。
自宅にあった写真は全て消失し、親戚にあった数枚だけが残りました。
写真の中ではにかむ、少女らしい真っ直ぐな表情を描き残したいと思いました。
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1945年(昭和20年)7月4日の未明、116機のB-29が高松市の上空に飛来。午前2時56分から同4時42分まで、焼夷弾などの爆撃を続けた。市街地の約80%が焦土と化し、1359人が死亡。高松赤十字病院は、絨毯爆撃によって全焼。入院患者は当直していた従業員の看護婦、医師等と共に全滅したとみられる。高松市立四番丁小学校も全焼。
(引用:Wikipediaから)  註:四番丁小学校は母の母校



戦争はいやだ

なんだか最近は危うい感じがしています。
たとえば、「共謀罪法」
一般人は対象外と言うけど、
政府にとって都合の悪いことを言う人は、一般人でなくなるのかもしれません(-.-)

(参考:「池上さん、「共謀罪」「テロ等準備罪」の違いは何?」➡こちら)


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あの戦争を直に知る日本人はもう2割になったそうです
私が一枚の写真でしか知らない祖父の命日の7月になると
祖母が繰り返し話してくれた《高松空襲》のこと

私も繰り返し語っていきたいと思います
平和を希求するものとして




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