織田信長「燃えない船をつくれ!」 村上水軍vs九鬼水軍

小さな旅
05 /20 2017
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ちょっと間が空いてしまいましたが、三田市への小さな旅2日目は
ネットでみつけた三田の「ぶらり 歴史めぐり 街めぐり」(➡こちら)

(1) 「インフィオラータこうべ北野坂2017」
(2) 「神戸 異人館」から」
(3)「神戸南京町」は食べ歩きがおすすめ♪


姉と二人で、旧九鬼家住宅資料館から、白洲次郎夫妻の眠る心月院へと歩きました。
時間がとまったような三田の街並み
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旧九鬼家です!
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旧九鬼家住宅は、明治9年に建てられた全国でも数少ない現存している擬洋風建築の建物です。  
三田藩家老職を代々勤めた九鬼家の住宅として建てられました。
当主であった九鬼隆範が自ら設計しています。
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ボランティアガイドさんが説明してくださいました(^^♪

↓九鬼水軍の「日本丸」模型
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私 「村上水軍みたいなんですか?」と聞くと、
待ってましたとばかり、ノリノリで話してくれました~♪

織田信長の下、石山本願寺との第一次木津川海戦では
大きな船ではあったが、フットワークのいい小さな船団である村上水軍(愛媛・芸予諸島)の攻撃機動力と手投げ弾「ほうろく火矢」で、あっけなく木の船は燃えて敗退した。
そこで織田信長が言ったのが
「燃えない船をつくれ!」
大砲をのせた鉄張りの船を製造して、二次木津川口の海戦での両者の激突では村上水軍を打ち破ったそうです。



↓三田藩の陣屋模型
陣屋というのは藩主の住居
天守閣のある城は少なく、小大名は陣屋と呼ばれる住居に住んでいました。
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↓家老であった九鬼家から見ると、こんもりとした木の向こうがお城だったそうです。
 攻められると不利なので、城があった当時に木はありません。
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この道は城内なので、世が世ならば、私たちのような下々の者は立ち入ることができない道であったらしい(^^♪


↓懐かしいような民具もたくさんあります。
FotorCreated九鬼家住宅


まだまだたくさんお話ししてくださったのですが、
ご紹介しきれないので、機会がありましたらぜひ直にお立ち寄りくださいね。
入場は無料です。

帰り際、ガイドさんにお礼を言うと
ガイドさん「地方の言葉はいいですね~」
私 「えっ(@_@)」
標準語で話してるとばかり思っていた私達は、生粋の讃岐弁だったらしいです(^_^;)

余談ですが香川県には、村上衆とも縁のある「塩飽水軍」がいました。

満たされた気分の歴女が次に向かうのは、
「日本一かっこいい男」とも呼ばれる実業家の白洲次郎がねむる「心月院」です


参考:「海を舞台に活躍した武将 TOP3」➡こちら
「旧九鬼家住宅資料館/三輪明神窯史跡園/三田ふるさと学習館」 ➡こちら



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