「ボタン印のちり紙」 マニアに希少価値?

思い出
02 /14 2017
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いつまでたっても手に着かない祖母の遺品整理、時々思い立っては片付けています。
いつだったかタンスの中に「チリ紙」の束を見つけました。
ティシュペーパーの無かった時代の「チリ紙」です。
お洒落な祖母は、綺麗な「チリ紙」を使っていました。

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それからすこしづつ使って、残り数枚になったので、思い出を撮ることにしました。
文化祭で作ったような、紙の花をつくって撮って
クチャクチャにしてしまった表紙も撮って
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[表示]中判、寸法:190mm×240mm 、常磐産業株式会社、高松市室新町


記事を書くのに調べると、

■1992年11月19日
  四国は、1988年に瀬戸大橋が開通するまで船でしか渡ることが出来なかったからか、昔懐かしいものもいくつか残っている。米屋の「プラッシー」、薬屋の「メスコン」、ボタン印のちり紙、マニアに希少価値となっているらしい(引用:四国の四季だより)
■ボタン印のちりがみをさがしています。たしか1000枚か2000枚だったか一括りで15センチぐらいの厚みの四角い束を1000円ぐらいで売っていたような。伊予製紙だったか四国の製紙会社の製品だったはずです。(引用:ここ)


高級レーヨン紙の「チリ紙」は「花紙」と呼ばれ、
「ボタン印のチリ紙」は製造中止になっていました。

思いがけなく、惜しんでくださっている方の存在を知り(^^)/


今日は、ささやかな思い出にお付き合いいただき、
ありがとうございました

感謝をこめて
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日本で初めてバレンタインチョコレートを発売したのが港町神戸のモロゾフだったそうです
1932年(昭和7年)のことです






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