「神戸ルミナリエ2016」 (お姉ちゃんからの元気通信No3)

お姉ちゃんからの元気通信
12 /06 2016
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2016年のテーマは、「光の叙情詩」(Ode della luce)


6月まで写真ギャラリーカフェのオーナーだった姉から
LINEで届く元気通信です。

『神戸ルミナリエ』の写メが届きました
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『神戸ルミナリエ』は、阪神・淡路大震災犠牲者の鎮魂の意を込めるとともに、都市の復興・再生への夢と希望を託し、大震災の起こった1995年の12月から開催されています。
神戸の冬を彩る荘厳な光の芸術作品です。
2016年の会期:12月2日(金) ~ 12月11日(日) の10日間。
開催場所:旧外国人居留地および東遊園地
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2016年で22回目を迎える『神戸ルミナリエ』
姉のレポには
『ルミナリは華やかだけれど、根っこは震災の復興・鎮魂が感じられる会場でした。』
と添えられていました。

阪神・淡路大震災、
平成7年1月17日でしたね、昨日のことのように覚えています。
地震につづく火事の被害、毎日のように増え続ける死者の数に日本中が心痛めたこと。


鎮魂の祈りをこめて
神戸、東北、熊本、、、、


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2016/12/5 5度目の冬を迎えるシクラメン 希望にも似た花芽がついています





ありがとうございます


 
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 「坂の町 尾道を歩く」(5) 香川出身の日本画家 中村譲作品との出会い

小さな旅
12 /04 2016
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尾道 中央桟橋にて


年に一度の学友との一泊旅行、女三人のかしましい旅の記録です。
今年は「坂の町 尾道」を歩きました。


(1)古い看板を守る尾道商店街から ➡こちら
(2)千光寺からの夜景 ➡こちら
(3)猫の道 -猫は、甘えたい相手に対してしっぽを立てて近づく-➡こちら
(4)林芙美子が暮らした部屋 ➡こちら


第5回は「香川出身の日本画家 中村譲作品との出会い」
今回の旅で一番うれしかったことを最後の記事にしました。

今年の6月、にほんブログ村 日本画カテゴリの新着情報、
「命がけの日本画への想い」というタイトルが目に飛び込んできました!
記事は、3月24日に亡くなられた、まち絵ーる社の、細川信一さんを追悼する記事でした。
➡こちら
ちょうど私も、さやかな追悼記事「京都の小さな出版社さんのこと」を書いたばかりでしたから、思わずコメントさせていただいたのです。

↓下記画像のクリックで、「京都の小さな出版社さんのこと」の記事にとびます。


石村雅幸先生からはとても丁寧なお返事をいただき、その中に
『院展では、香川出身の作家で中村譲君がいます。彼は予備校時代からの長い友人です。彼はいずれ院展の審査員になる人です。注目していてください。』とありました。

そのときから、中村譲さんは特別な作家さんになりました。
いつかその作品をみたいと、、、


尾道商店街をしばらく歩いているとギャラリーがあり、絵を観ることが好きな三人は迷わずはいりました。
正面の作品をみると、
中村譲 「白い鐘楼の街」 制作年:2016

思いがけない出会いに言葉を失うほど感激(^^)/

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翌日の予定は地図を眺め、「尾道市立大学美術館」が日曜も開館していることをネットで調べ、「おのみち映画資料館」「おのみち歴史博物館」まで「古寺めぐりコース」の石畳を歩くことに。

↓「尾道市立大学美術館」
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↓ここでも「それからの仕事 -4人の同世代作家による日本画展-」だった~(^^♪

 日本美術院の井手康人、中村譲、創画会の今村雅弘、海老洋の4人による日本画展です。
同じ学び舎に過ごした4人は、その後精力的に作家活動を続ける傍ら、中国地方の美術系大学で若い作家の養成に携わってきました。
異なる公募団体で活躍する作家によるグループ展という、全国的にも珍しい試みとなる本展の「四者四様」の作品からは、多様な日本画表現の可能性を見ることが出来るでしょう。 
(引用:尾道市立大学のHPから)


(↓クリックすると大きな画像でご覧いただけます)
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↓尾道市立大学美術館の入り口  「撮影OK」ですって(^^)/
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↓受付から展示場へ
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(個別作品を撮影しましたが、ブログ掲載は遠慮させていただきました)


前日のギャラリーは尾道市立大学のサテライトスタジオだったそうです。
無計画な私たちの旅は、なんの予備知識も無いぶんだけ、出会った感動が大きくなります(笑)

中村先生は香川県出身、高松工芸高校の出身です。
プロフィールは別にして、作品の深さに三人とも魅せられて美術館を後にしました。
帰り際には展覧会図録(教員展)までいただきました♪(ありがとうございました。)
入場料は無料
会期は12/11まで
12/15~12/26は広島私立大学 芸術資料館に巡回します。



「おのみち映画資料館」「おのみち歴史博物館」とめぐり帰路へ
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尾道の旅の最後は、映画資料館でみた東京物語のロケ地を撮りました。
↓中央桟橋
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さようなら海と坂の街 尾道
とても楽しく、充実した二日間でした。


5回にわたる記事にお付き合いいただき ありがとうございましたm(__)m

 
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 「坂の町 尾道を歩く」(4)-林芙美子が暮らした部屋-

小さな旅
12 /02 2016

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年に一度の学友との一泊旅行、女三人のかしましい旅の記録です。
今年は「坂の町 尾道」を歩きました。
(1)古い看板を守る尾道商店街から ➡こちら
(2)千光寺からの夜景 ➡こちら
(3)猫の道 -猫は、甘えたい相手に対してしっぽを立てて近づく-➡こちら


第4回は「林芙美子が暮らした部屋」

「尾道駅」から歩いてすぐ、尾道本通商店街入り口に「林芙美子像」があります。
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林 芙美子(はやし ふみこ、
1903年(明治36年)12月31日 - 1951年(昭和26年)6月28日)は、日本の小説家。物心ついた小学生時代に貧しかった生い立ちからか、底辺の庶民を慈しむように描いた作品に、ことに名作がある。「文壇に登場したころは『貧乏を売り物にする素人小説家』、その次は『たった半年間のパリ滞在を売り物にする成り上がり小説家』、そして、日中戦争から太平洋戦争にかけては『軍国主義を太鼓と笛で囃し立てた政府お抱え小説家』など、いつも批判の的になってきました。しかし、戦後の六年間はちがいました。それは、戦さに打ちのめされた、わたしたち普通の日本人の悲しみを、ただひたすらに書きつづけた六年間でした」と言われるように波瀾万丈だった。



商店街を入るとすぐ、「芙美子記念館」がありました!
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↓「林芙美子の部屋」は、インフォメーションセンターの奥にあります。(見学は無料です)
 大正6年14歳から大正7年9月までくらしたのがこの家の2階のようです。
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↓急な階段です
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↓2階は狭い一部屋だけでした
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1918年(大正7年)(15歳)、文才を認めた教師の勧めで尾道市立高等女学校(現・広島県立尾道東高等学校)へ進学した。図書室の本を読み耽り、夜や休日は働いた。女学校の教諭も文才を育んだ。


↓当時の着物
 貧しくも少女らしい、愛らしい着物です。
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1922年(19歳)、女学校卒業直後、遊学中の恋人を頼って上京し、下足番、女工、事務員・女給などで自活し、義父・実母も東京に来てからは、その露天商を手伝った。翌1923年、卒業した恋人は帰郷して婚約を取り消した。9月の関東大震災を、3人はしばらく尾道や四国に避けた。この頃から筆名に『芙美子』を用い、つけ始めた日記が『放浪記』の原型になった。



芙美子 享年47、近在の市民が大勢参列した告別式で、
葬儀委員長の川端康成は、
『故人は、文学的生命を保つため、他に対して、時にはひどいこともしたのでありますが、しかし、後二、三時間もすれば、故人は灰となってしまいます。死は一切の罪悪を消滅させますから、どうか故人を許して貰いたいと思います』と弔辞の中で述べたといいます。

この言葉だけで、どれほと凄まじい生涯であったのかを想像するのは難くありません。

(引用記事はウィキペディアから➡こちら


「芙美子記念館」を出て、お昼はやっぱり”尾道ラーメン”で♪
商店街のおじさまに美味しいお店を教えていただきました。
↓おじさまが指さした先がここ、目の前です(笑)
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↓細麺のあっさりした醤油味で美味しかった~(^^)/
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今日の最後の写真は、林芙美子が「放浪記」の中で
海が見えた
海が見える
五年ぶりに見る
尾道の海はなつかしい

と書いた尾道の海にしました。
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「千光寺展望台より尾道水道を臨む」

つづく


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