「あさひがおか病院」と、秋の桜と。

思い出
10 /13 2018
IMG_019720181012A.jpg
撮影日時 2018/10/06 13:59:06



朝ドラ「まんぷく」の、内田有紀さんが演じる綺麗な咲(さき)ねえちゃんが入院した病院正門の場面で、
ふと、あの、「あさひがおか病院」の記憶が鮮明によみがえりました。

あさひがおかって、どんな漢字だったんだろう、、、、』
小さかった私はその字を知らないままです。


私が7歳の時、入院していた病院が「あさひがおか病院」です。
市街地から離れた峰山の麓にある病院です。
ここの学童病棟に入院しました。
当時、小児結核の子供が多くいて、学童病棟もにぎやかでした。
朝は一緒に散歩してから、
寺子屋みたいにいろんな学年のこどもが一緒に勉強します。
社会科では世の中の仕組みを、みんなで考え、話しながら勉強しました。いきいきした授業だったと覚えています♪
走ることは禁止の運動会もありました(^^)
それでも夜には泣きながら眠りについていました。

IMG_020320181012.jpg


先月、平成30年9月から名前は「高松市立みんなの病院」に変わっています。
高松市立みんなの病院の沿革をみると、
今までわたしが「あさひがおか病院」としか知らない病院名は、
「旭ヶ丘病院」でした。
昭和41年4月に高松市民病院に名称変更しています。


IMG_020120181012.jpg


朝ドラの咲ねえちゃんは、今日(10/12)の放映で亡くなりました。
新選組の1番隊隊長の沖田総司も。
正岡子規も同じ病気ですね。

治療薬が発見された私の時代には、結核は治る病気になってきていました。
何十年もたって、母から、毎日通っても帰りにお八幡さんの踏切まで来ると、毎回涙がでてきたと聞きました。
数ケ月の入院のあと、
職員会議で入院中の勉強を出席日数に考慮してくれることになり、留年することなく、三年生に進むことができました。
すっかり元気になりそれ以降、病気で入院したことはありません。

結核は現在でもまだ、日本では、
1日50人が発症し、5人が命を落としているそうです。(→広報パンフレットから
本当の意味で過去の病気となるように、
まだまだ努力しなければいけないようです。



ドラマの中では、咲ねえちゃんが義弟の描いた「桜」の絵を病床で楽しそうにみていました。
今日の記事に添える写真に迷ったのですが、
先日、亀鶴公園でみつけた桜の花を添えることにしました。

IMG_019220181012 FS

桜の名所の亀鶴公園

IMG_019520181012.jpg


1本の桜が花を咲かせていました。
夏に何らかの原因で葉が落ちてしまうと、継続的に花芽に届けられる休眠ホルモンが十分に届かなくなって、
夏の終わりを告げる涼しさを冬と間違え、その後再び気温が高くなると「あ、春が来た」と勘違いして咲くのだそうです。

IMG_019720181012 FS


記事を書き進めながら、私が生まれた年に、
初回治療に用いるべき抗結核薬ができたことを知りました。使えるようになったのはさらに翌年です。
今更ながら医学の進歩に感謝するとともに、
これからの日々をもっと大切にしたいと思います。




にほんブログ村に参加中
↓よろしければ、応援のクリックをお願いします!

にほんブログ村 写真ブログ デジタル一眼レフカメラへ
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ
 
関連記事